月の力、季節の力

ときどきおつきあいのあるBM技術協会という団体の機関紙『AQUA』に、書評を載せていただいている。下は今日書いたもの。『旧暦と暮らす』という本の書評、といえるかどうか。とにかく、月は気になる存在だ。

月の力、季節の力

 著者は三部作の第一冊で、旧暦そのもの、旧暦と季節や人々とのかかわり、その失われた“来歴”を語る。自身が編纂に関わる大阪南太平洋協会発行の旧暦カレンダーについて紐解き、旧暦の全体像を伝える実用書的としての趣も備える。第二冊では自然と共にある暮らしを、ヨットでの世界一周航海や阪神淡路大震災での体験を重ね合わせ、住まうことについて語る。鴨長明の方丈庵の思想から、住まうことの設計思想や人生観を語る。三冊目では今一度視野を周囲に向け、旧暦と暮らしを共にしている方々の実践を伝えることで、その静かで楽しげな広がりを感じさせてくれる。
 結論から言うと、旧暦には非常に興味を持った。西暦が時を世界共通に管理する暦としたら、旧暦は地域ごとに使う暦だ。動植物生命体に親和するのは旧暦だろうし、宇宙を彷徨う宇宙船に求められるのは地球標準時間たる西暦だろう。著書に添付の「新暦旧暦対照図」を眺め続け、見えてきたことの拙い報告を試みたい……

 地球の自転公転の周期は西暦も旧暦も同じだが、1カ月の位置づけは旧暦において原理的(29〜30日でほぼ正確。厳密には29.53日)、西暦で便宜的(28〜31日で各月固定。月の運行と無関係)。
 旧暦は月の運行を取り入れ天体の運行全般に誠実な暦だとわかる。
 西暦と違って月に誠実なゆえ、1年が時に13ヶ月(19年に7回。閏月という)だったりする不便を甘受する見返りは、マクロには月が道連れにする潮汐力と気象との関連。ミクロには重力の微細な変化がもたらす生命体への影響などでは出産など、シュタイナー農法では発芽等にも関係するそうだ。
 さて、太陽が地球に及ぼす影響は絶大で、その変化は年単位でゆるやかだが、月の影響は重力をもたらす意味で絶大かつ変化は反復的だ。地球の海洋気象概ねの運行パターンが、太陽と月のふるまいで決定するのだとすれば、38万キロ、至近の月は地球表層の諸現象を決定付ける重要なファクターだろう。
 太陽の強大な影響を基底音として、潮の干満をおよそ15日周期でもたらす月は、地球の鼓動のように、目に見えない重力や圧力の触覚として、万物に影響を与えているとも言える。旧暦はこの物理的な力の存在を捨象しない。

 旧暦は季節にも誠実だ。天体の運行は億年の単位で普遍だが、その影響下、生命はその許される振幅、ガイア仮説の舞台としての地球の表層で、極めてデリケートなドラマを織り成していく。そして日本では古来、千数百年の時間をかけて、そのドラマを、春夏秋冬に織り込んでいった。
 旧暦は大胆にも春(1〜3月)夏(4〜6月)秋(7〜9月)冬(10〜12月)と、季節を固定の約束事として決定している。
 この要素が暦に生物との関連付けを可能にしている。地球上の日本という地域の、絢爛たる自然の営みに花鳥風月と人間の五感を結び、季節に具体性を与えた。旧暦は固定の春夏秋冬を基準に、太陽との揺らぎをおおまかに調整する一方、固定の基準であるが故に、実際の自然現象とのズレを人々に考え悩ませる。これが実用的な農暦として、農林漁業、生活全般、人間の営みそのものへの因果を導き出しもした。
 さらには、こうした季節の力が正しくその地域の生命の振る舞いの来歴として感受され、これらに“コトバ”を与えた千数百年に亘る人の営みをも、日本固有の、自然一体の文化として伝えてきた。旧暦には、太陽と月の運行を束ねる“大統一理論”なるものが潜んでいるかもしれない。既知未知含め、より深く学びたい思いに駆られる。

※旧暦には様々なスタイルがあるが、ここでの旧暦は太陰太陽暦をさす。詳細は著書第一冊一章ニ章に詳しい。
※今回は旧暦の基本的な説明に終始したが、著書では太陰太陽暦が温暖化を予測するなど、興味深い仮説も展開されている。

……あくまでもイメージなのだが、量子力学の本をナナメ読みしていたときに出会った“強い核力”と“弱い核力”という言葉を思い出した。太陽は強い核力、月は弱い核力……。そんなわけないとは思うが、もし相通ずるとすれば、将来的には大統一理論が生み出され……

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