布施さんと八列とうきび

buonpaese2007-08-16

 やさしい人がいるのだ。布施芳秋さんという。
 そんなに多く話す訳ではないが、やさしい人だ。いつも汗をかきかき、陽にやけて真っ黒しかもだいたい無精ひげ。ひょろひょろの風貌で、でもけっこう眼がするどい感じなので、とっかかり身構えてしまう。が、芳秋さんのほうから相好を崩して、笑顔で、「いやあ、暑いんだモンねぇ、いやあ、今年もなかなかうまくいかなくてねぇ…」と、拍子抜けのように人懐こく話しかけてくれるのだ。
 富良野でにんじんやたまねぎを有機栽培でつくっている。今年は7月、雨が降ってくれなくて、大変だと言っていたが、その畑は確かに無残に、日照りに勝てなかった人参たちが黄色くしおれ、遠くからもまだらに見え、考えさせられた。会うたびくしゃくしゃの笑顔で接してくれる、その笑顔に、はにかんだような、申し訳ないような表情がのぞくのは、う〜ん何と言ったらよいのだろう、僕は人間のやさしさを感じ取ってしまったのだ。あんなに日照り続きでは、ほかの畑もダメなところはダメだったのに。
 その芳秋さんから八列とうきびという在来とうもろこしを3本もらった。富良野にいったとき、布施さんちで飾ってあったのをめざとく見つけ、おねだりをした。僕が関わっているスローフード協会の“味の箱舟”というプロジェクトで、日本で最初の国際認定をうけた“食の宝物”のひとつが、この八列とうきび。北海道でその認定お披露目の会に参加していた布施さんご夫妻が、もとからこれをつくっていた農家から分けてもらって去年つくってみたそうだ。
 3年も前だろうか。同じ富良野に住む坂東さんという、これも有機農業をしている農家のご夫婦に「これからは在来種ですよ、北海道にも何かないですかね」と聞いたとき、もともと在来のタマネギである札幌黄をつくっている坂東さん、「八列とうきびってあったっけねぇ、今じゃ誰もつくってないさぁな、あと、マサカリカボチャ……」そんな話を作家の島村菜津さんにしたら「えーっ、イタリアでもオット〇〇っていう在来のとうもろこしがあるんだよ。オットってイタリア語で数字の8のことだよ。それと同じかしら」と話がつながり、巡り巡って注目されはじめた、ちょっと思い出深いとうもろこしでもあった。
 自分もその認定にかかわっていながら、日本で現物に触れたのは初めてで、ひとつひとつのつぶが大きく、むっちりしていて、形からみて存在感のあるフォルムにちょっと惚れた。
 昨今とうもろこしといえばスイートコーン。甘く柔らかいものに改良が進み、ほとんどのとうもろこしはフルーツのようで、世界の食糧事情を一変させた偉大な穀物の地位は昔の話。北海道でも遠く明治のころアメリカからもたらされた当時の品種を作り継いでいる農家はほとんどいない。
 布施さんは「ぬくもり庵」という、廃校を利用した農家民泊をやっている。“心のやさしさ”でそんな布施さんご夫妻の生き方に思いを巡らすと、八列とうきびも「ぬくもり庵」も、同じ物語のこつこつとした積み重ねの流れにあるように思えた。