Web進化論の著者、梅田望夫さんの本

2冊目を読んだ。題名がずばり『シリコンバレー精神』(ちくま文庫)。梅田さんが外資系企業の日本人駐在員としてシリコンバレーに移り住んでから退職し独立していく個人のストーリーと、1996年から2000年という時代のシリコンバレーの激動の2つの柱で書き綴られた日記が、その構成力の鋭さでシリコンバレー精神を伝える、Web進化論に引けをとらない名著だと驚嘆した。

僕のゴタクは措き、その最終項「文庫のための長いあとがき」を引用したい。自分がビリビリ感じるのは、このスタンスで今僕たちの住む食の世界を捉えなおすとどうなるのだろうかということだ……

…限られた情報と限られた能力で、限られた時間内に拙いながらも何かを判断し続け、その判断に基づいてリスクをとって行動する。行動することで新しい情報が生まれる。行動するもの同士でそれらの情報が連鎖し、未来が創造される。行動する者がいなければ生まれなかったはずの未来がである…

…変化していく自分を楽しもうとする気分が生まれて、心が軽くなった。自分ひとりで物事を判断して行動に移すことに慣れ、行動の責任さえとれば大抵のことなら何をやってもいいのだと得心し、自由を得た気がした。わかっていることへの自信と安心に満ちた世界に安住するよりも、わかっていないことのおもしろさや混沌の方へ踏み出す生き方の方により惹かれるようになった。そしておそるおそる行動してみると、それによって未来が開いていく。そしてそれが楽しい。たくさんの失敗をしながら、そういういちばん大切なことを学んだ…

シリコンバレー精神とは、底抜けのオープン性、競争社会の実力主義、アンチ・エスタブリッシュメント的気分、フロンティア精神、技術の信頼性に根ざしたオプティミズム、果敢な行動主義、それらが入り混じった空気の中で、未来を創造するために執拗に何かをし続ける「狂気にも近い営み」を、面白がり楽しむ心の在り様のことである…

…「好きということのすさまじさ」とでも言おうか、心が楽しんでいる状態ゆえに生まれる強さだけが、未来を想像できる。アップルのスティーブ・ジョブズは、スタンフォード大学ですばらしい祝賀スピーチをした。その中で彼は「The only way to do great work is to love what you do」(偉大な仕事をする唯一の方法は、あなたがすることを愛することだ)と語った…

以上。
詳しくは本を買って読んで欲しいけれど、僕が感じることは、安定確実のみを追い続ける先には低労賃のドブ板営業にしか生き残る道がないという今の市場の状況。
その中で様々な個人の「好き」や「自律性」が失われかねない危機感だ。でも僕らがユーザーやつくり手に伝え、共有したい価値観はまだこれから生み出されるはずのものなのではないかという点。

そうこうしているうちに、ITベンチャーのような「好きなことを徹底的に明るく成功させる」、世の中にきっと数多くいるはずの「食が大好き」な若者たちにイノベーションされてしまうのではないか。僕たちが今の枠組みの中で逡巡しているうちに、本来僕たちがなし遂げたかったことが、だ。これを僕らの知る若者たちとどんどん進めたいと思うのは、余計なお世話なのだろうか? 僕たちは既に蚊帳の外なのだろうか?

さらにはもし仮に、僕たちが「食」を心底愛し、大好きで、そのためなら徹夜だってなんだって厭わないほどの心意気を持ち合わせていて、それがまだ残っているなら、そのすべてを搾り出して、みんなのEXIT STRATEGY(どのようにこの世界での人生を総括するか)を共有できるのではないかと、ひしひしと感じるのだ。このような心持、そうせざるを得ないそれぞれの意気地が生み出すパワーに、これから先を賭けて見たい気持ちになるのだ。勝手ながら……

写真は富良野の田中さんち、去年の大風でぐにゃぐにゃになっちゃったハウスの骨組みの荒地に咲いていた花。