年頭の所感

何十万人もの人々を路頭に迷わせながらも、切った側の企業経営者の報酬は伸び、内部留保の総額は史上空前だそうだ。そんな非情が許される背景には、小泉政権時代の雇用に関する法改正があり、そのまた背景には、産業資本主義から金融資本主義への転換という情勢変化があったという。経営者は、顧客の利益や従業員の幸福を犠牲に、株価の上昇による短期の利益を望む投機的な株主の僕、になることで評価されるようになったという。内部留保も、買収からの防衛上程度必要致し方ないと、企業のサバイブのために人間が切り捨てられていくという構図。
カネがすべての世の中、ということだ。しかも相手は評価や格付け勝手に変え、国債とかで架空のカネをじゃぶじゃぶ作りまくっていた。
その架空のカネが、資源に襲いかかる。石油に始まり、バイオエタノールが食料の需給を逼迫させると穀物相場がウナギのぼりに急上昇した。上昇した価格に喜んだ農家は今や非遺伝子組み換えのプレミア価格を一顧だにしなくなり、ここ数年、アメリカの遺伝子組み換えトウモロコシの作付けが急拡大、途上国へも展開して輸入依存という新たな植民地化が進んでいる。人口の増加が今も進行中の途上国は食糧事情をより逼迫させるが、その人口を養うことの出来る新たな農地は少なく、あったとしても水資源の限界が叫ばれ、その水を巡って架空のカネが、またも暗躍している。
今一度国内に目を向ければ農業の高齢化。小農はその非効率から淘汰待ち。中核農家が生産性向上にシノギを削るも買い手市場、終わりない価格競争にさらされ、土地も雇用もがんじがらめで対応覚束ず。80年代に一旦は均衡を見せた都市と農村の所得格差もじわじわと後退しまた拡大一方、“働かない農民”がもうあきらめたと優良農地を耕作放棄、地価上昇の順番待ちを決め込んでいるそうな。
……そんなこんなを知り、悩んで、どんな意味があるのか。少々暗いですが、ここから出発。これから変化は激しいだろうが、なるたけ変化しにくいことに寄り添って、今年は立ち位置を整理しないといけない年、というか、自分の価値観はあまり変化がなさそうなので、今年みたいな年は、かえって世の中の出来事と比較しながら、自分の立ち位置をよりはっきりとできるのかなと、考え始めています。そのためには(背伸びじゃなくて)背筋をきちっと伸ばします。あ、忘れてた、
あけましておめでとうございます!