テロワール

 テロワール(terroir)という言葉を、2005年、当時スローフード協会の副会長をしていたジャコモ・モヨーリさんから教わった。ジャコモさんはANAの機内誌でワインの連載エッセーを書いているから、そちらを読むと、彼のワインへの視点がどんなものかわかると思うが、このテロワールWIKIで引いてみると…

葡萄園(葡萄畑)の土壌、地形、気候、風土など、ブドウの生育環境を総称してテロワール(Terroir)という。

…とのことのようだが、当時の僕は“土地の記憶”と(よくやるのだが)勝手に日本語訳をして、その言葉の響きに悦に入っていた。ワインはその土地の気候や土質などが微妙に関係する。ぶどうが育つその土地の土くれを手にとってもわからない違いの何かに、様々な要因が働きかけ反応させて、その土地固有の味わいや香りを昇華させる媒体が、この場合ワインなのだ。人々は今年はどこのワインがおいしい、今年はどこどこのワインが当たり年だと土地ごとの違いを称え、楽しむ。
 残念ながらお茶ではそんな話聞いたことがない。全く。
 せめて生産者の顔が見えるお茶ということで、全国に呼びかけてPRしようと考えた取り組みが、畑ごとに逸品のお茶の味わいがあると始めた2006年の“一園逸茶”だ。今は静岡のうららか、というところで、南條さんという方が事務局を務めている。
 さてテロワールの話。ぶどうの樹は比較的痩せた土地に向くと言われるが、それは有機物すなわちチッソ成分の貧弱な土地であって、植物が吸収するすべての栄養分の比率ではチッソ成分以外が多い土地だ。生育は遅く、大きくは育たないから、量を期待する作物には不向きだが、収量が少ない分、様々な成分が凝縮して、味や香りに関係するだろう多様な反応の期待値が高まるのではないか。ぶどうの根も、土地が痩せている分、少ない栄養分をできるだけ多く摂取しようと深く、広く伸びるだろうから、野生の樹々が岩のわずかな隙間に根を張るように、耕土、表土を通り過ぎて、その先端は土地の骨格たる岩石層まで伸びるのかもしれない。かくして表土の生物層の多様性に加え、ぶどうの樹は地質学的な土地の個性をも獲得することになる。これがテロワールの本質なのか。
 僕が最近読み進んでいるお茶の本にも心当たりのある指摘が散見される。曰く実生で長い時間をかけてそだった在来種の茶樹は根が深く5〜7mも伸びている、山で粗放的に育った茶樹からつくられる茶の香気は強い、早出しを目的に化学肥料を多投した茶は香りに欠ける……
 茶にテロワールが結びつく、そんな予感がする。