樺太。自然

 今日テレビが樺太で大きな地震があったと報じていた。
 作家の島村菜津さん、名プロデューサーの吉開さんと茶を飲む。そこで樺太の昆布の話。北海道に成田さんという方がいて、樺太のとても品質の良い昆布の商売をしているのだそうだ。昔NHKで見たことがある国後のロシア人の暮らしがダブる。磯焼け森林伐採などで見る影もない北海道と比べたら、樺太はさぞ豊かな森であることだろう。その森から川が生まれ流れ着く先の海にも、鬱蒼とした昆布の森が育っているに違いない。菜津さんの話は、おしゃべりの流れではいつも要領を得ない(失礼!)のだが、きっとこの話も文章という構造にまとめていく中で、美しく人を打つことになるのだろう。

 さて僕は最近自然の大循環関連の話に心を打たれている。
 それは太古の海に豊富に含まれていた鉄分が生命活動によって沈殿し現在のオーストラリアの露天掘り鉱山になった話だったり、ウナギが2000kmもの長い旅の果てに生まれた川に戻る話、産卵のため登り詰めた川で死に、それが森の養分として還っていく話だ。
 こうした循環になぞらえると、人の旅もゆうに国境を越えて雄大だ。それは冒険家・関野吉晴さんのグレートジャーニーであったり、コロンブスであったりする。遠い昔に最初のお茶を、最初のナスをもたらした誰かだったり、今も野菜の種を人づてに育て旅をさせる長崎の農家・岩崎さんだったりする。
 樺太と日本は国が違うが、生態系や人のつながりが自然であればとても近いお隣同士。戦後60年を数え、いまや紅毛のロシア人が土着する樺太と、その難しい国境のことは措き、自然のこととして交流するロマンが、菜津さんの話から想像された。永久凍土、アムール川、ヒグマの住む森。短い夏、人が暮らす島……
 国境のトラウマから脱却したい。