文化と文明。

調べるといろいろわかった。この関係はやはり自分にとっては相当におもしろい。なぜなら相互に関係し合っているからだ。

文化とは社会を構成する人々によって習得・共有・伝達される行動様式ないし生活様式の総体で、文明とは文字をもち、交通網が発達し、都市化がすすみ、国家的政治体制のもとで経済状態・技術水準などが高度化した文化をさす、という。

個が家族をなし、今での社会の最小単位“世帯”となっている家族という存在は、その内側の最小の自由(プライバシー)が認められているが故に最も反社会的存在とも言われる。その家族が社会(外部)との連携の上に生まれる集落から、何らかの公的機能が求められるようになる。それは村落の維持に不可欠な水のシェアや道路のシェア、消防団や警察機能などのライフラインに始まって、村落内部の生活に安心をもたらす。さらに同様の外部村落との交通が意識されると、そこには外交、防衛、軍備などの端緒が生まれ、相互の利害が調整されるようになる。

ここまでにそれぞれの村落で連綿と培われてきた村落特有の技術の優劣が村落間の調整に決定的な役割を果たす。言語による調整能力に始まり武器やその村落でのさまざまな生産技術が外部共通の価値とみなされる財となり、優位な財を優位に調整した村落がさらに複数の村落全体の調整能力(権力)を持つに至る。

こうした繰り返しのなかから、例えば地政学的に有利な地を占める村落に市場が生まれ、人口が集積し都市化を開始する。市場が生まれれば通貨直前であり、そこには人、モノ、カネ、情報のすべてが交通し集積し、それら経路が結ばれる範囲として原始国家的アイディンティティが誕生する。このようにして誕生した原始国家は、その内部に生産、交通、通信、財の集積調整の機能を有し、安心の維持として必要とみなされた消防、警察の諸機能は治安という概念に変化し、必然として外交、防衛、軍事の機能を有する権力構造を備えるに至る。

権力構造を備えた国家の管理者(統治者)は本来、能力の源泉としてその国家の生産力を背景に持ち、その治安を維持するものだが、付託された統治機能のうち専ら外交能力と軍事力をのみ外部に行使することで版図を拡大することが可能な国家も生まれてくる。統治機能のみで成立する特化された集団により大きな権力が集中し、ここから封建国家が成立していく。世襲によりその権力を維持拡大していく構造、すなわち極めて反社会的な、社会の最小単位であるところの家族という単位で、権力そのものが継承されていくことになる。

このようにして発生し複雑化した社会が生み出したものが、文字をもち、交通網が発達し、都市化がすすみ、国家的政治体制のもとで経済状態・技術水準などが高度化した文化の所産であるところの、文明ということだ。

さてここからがお立会いだ。文化が統合化されていく過程が、どこかで必ず文明との関係を絶つのではないかという点が、である。本質的にというか、本来的な意味合いで文明と文化が関係ないというつもりは毛頭ないが、多分自分の考えている文化というものは、辞書に載っている文化と文明の関係性…高度化した文化の所産が文明…というコンテクストで説明され示されている垂直統合的な意味合いの文化とは意味が違うということを、文化を考えるうえでの出発点としたい。

文化とはおそらく、あまりにも高度化された社会では、文明との脈絡で説明され得ないものとしておいたほうがいい。文化とは多分、そこらじゅうで発生している営為のそれぞれではあるが、それは時代にかかわらず同じ質を持って常に現れる営為である。時代ごとの文明により切り取って説明されるものではない。感覚的には、それは家族以上村落以内のものが文化の最小単位。または1,000人とかの範囲で共有できる価値観の範囲。統治的な手法を用いず最小の調整でアイディンティファイできる価値観の範囲。そこからこれまでと全く別の現実が生まれ得る価値観を文化と呼びたい。その価値観そのものが、個人それぞれに既にインプットされている社会規範や常識や教育から生まれるという意味で文明化されている、といったことは考えてはいけない。

こう考えて、ならば僕たちは自分の内側からどのような価値観を切り取るか、その価値観をどのように表現し外部と結び付けていくか。そこから文化が生まれる。


写真は3年前。フィリピン・ツゲガラオシティ。暑かったぁ