さてこの2週間は死ぬほど

忙しかった。19日から21日はスローフード協会の日本研修受け入れでずっと若者たちのお守り。若くないのに研修先となった山梨県北杜市、白州森と水の里センターで、イタリアの若者たちと、設立者の椎名さんと4時まで飲み明かし……

その翌日、これまでそれなりに付き合いもあったのに、僕は初めて椎名さんのお話を聞けた。

きららの学校という学校が南アルプス甲斐駒山麓にある。ここは子どものための、私的な学校で、1983年に設立された。60年代後半から70年代にかけて吹き荒れた学生運動や社会変革のうねりの果て、70年代後半には教育の現場は荒れていたそうだ。

高度経済成長も後半にさしかかり、高層ビル、高速道路、新幹線など、地ならしを終えた大都会は成長の第二ステージに突入。学校給食から始まったアメリカ型食生活が民間スーパーの参入で核家族化後の家庭そのものにも侵入、本格化し始めたのもこの頃。同時に畑や田んぼ、曲がりくねった道も消えて行き、環境破壊だけでなく様々な変化が子どもたちに押し寄せていたそうだ。そんな時代に、都会のお母さんたちと話し合ったうえ、ここ白州に、子どもたちのための学校を作ることになったのだそうだ。

そのきららの学校を椎名さんはひと言で「両全」と説明する。両方ともに完全なこと。具体的には農と学びの双方が完全に一致する学校を、椎名さんは目指し実践してきた、ということだ。

白州は農場を運営し、畑や田んぼがあり、牛や鶏がいる。そこではおコメや野菜がどんなふうに作られるか、生き物って何なのかを知り触れ感じる。いのちをいただき生きていることを当事者として経験する。できるだけ多くを伝えるため、とてもたくさんの種類の野菜を作っている。標高700mのここは人里と野生が交錯し、交歓する里山の立地。畑田んぼは作物が生育するだけでなく、様々な生き物が暮らし、通り過ぎる場としても学びの場となる。益虫害虫水棲昆虫はおろか、クマ、猿、イノシシだっている。

地球の有機物の営みとしての浄化作用には腐敗と発酵の2通りあり、アジアモンスーンという気候風土に育まれた日本では発酵という浄化作用が文化の必然として営みに取り込まれてきたが、こうした食の伝統と文化を学び実践し継承する場として農産加工所がある。子どもたちが衣食住を共にする場として200年の古民家を移築し研修センターという場を営む……

……僕はこうした話を聞いて、恥ずかしながら初めて白州という取り組みのすばらしさに感じ入ってしまった。両全という言葉に何かを集約していく、両全という言葉から新たに何かを生み出していく、という椎名さんの考えに感動した。言葉に影響されやすいと言われればそれまでだし、実際そういうことを大事にしたい人間ではある。言葉が生み出すものを大事にしたい人間だ。それはどうしてか? こじつけてみれば、すべては「こうしたい」から始まるだろうし、それはまさにその言葉を発し、共鳴した人々の生きる証になるではないか。空想から科学へ。私訳では最初に空想ありき。そこから実践が生まれていくのだ。

実際、白州のやっていることが(あまたある)通りいっぺんの自然体験や農業体験、味噌作りそば打ち教室などとどう違うか、両全を知らず想像することができるだろうか? 巧緻百年を経て無きに帰すとの俯瞰は誰かがすればよいこと、そこまで人の叡智を否定しなくてもいいだろう。そのお話を聞け、きららの学校に参加したことのない僕は、ここに関わるいろんなこと、の一部が忖度できたような気になったのであった。


写真は朝の散歩で見つけたカエル。秋にもいるのだ!